
やっぱりそうだろうな~ という本。
源義経といえば「戦の天才」であり、源平合戦において多大な功績を挙げたにもかかわらず、嫉妬深い冷徹な兄・頼朝に妬まれて絶縁され、最後は奥州平泉で自害して果てた「悲運の武将」であり、「判官贔屓」といわれるほどの人気(特に頼朝と対比して)である。
ワタクシも子供の頃は「平家物語」や「義経記」などを読んで、同じような印象を持っていた。
そのうち成長するにつれ、また政治家や経営者の資質などを考えるようになると、必ずしも義経=善で頼朝=悪というような単純な構図ではなく、それぞれの見方考え方があることがわかってくる。
例えば会社でいえば、頼朝はもちろん社長である。会社の業績はもちろんのこと、業界のこと、競合他社のこと、取引先のこと、従業員のことなどあらゆる方向に気を配り頭を使わなければならない。単に源氏の嫡流というだけでは周りはついてこない。
その点義経は一社員。売り上げはナンバーワンのトップセールスマンで、「営業本部長」の肩書は付いているが独りよがり。納期や支払条件などを考えずに数だけは売り上げる。工場や経理部門からはクレームの嵐だが周りからの忠告も聞く耳を持たず。自分の営業成績だけを考えている。
頼朝から見れば、猪突猛進で回りが見えていない本当に危なっかしい存在だったと思う。
義経が戦の天才といわれる所以は、一の谷、屋島そして壇ノ浦と続く合戦での奇襲作戦や見事な戦法(といわれてはいるが…)から来ているわけだが、「義経愚将論」ではこれらを全て否定している。要するにこれらの合戦で源氏方が勝利を収めた原因は「義経の見事な作戦」によるものではなく、たまたま結果的にそう見えるだけで実際の義経の作戦は特に評価するほどのものではなかったというもの。
一の谷での源氏方の勝利は「鵯越の逆落とし」によるものではないし、屋島での暴風雨をついての奇襲もたまたま運が良かっただけであり、それも結果的にはほとんど意味が無かったと。
また壇ノ浦においても、潮流の変化を熟知した作戦が功を奏したのではなくて阿波水軍三百隻の裏切りが要因であり、また安徳天皇と草薙の剣を失ったことは、もともとこの戦いの目的が何かを全く考えていなかったと。
ちょうど今、NHK大河ドラマで鎌倉殿の13人が放送中で義経の快進撃の最中である。過去に何度も義経はテレビドラマに取り上げられて、ほぼ肯定的に描かれているが、この「義経愚将論」に書かれているような視点からの描写も見てみたいものですな(笑)